昨今、若者を中心に実体験を伴うリアルイベントへの参加意欲が上昇しているといわれています。一方で、エンタメ・スポーツ産業では、チケット販売やマーケティングのデジタル化が遅れ、需要を収益に結びつけられていない企業も多くあります。
今回は、エンタメ・スポーツ産業に特化し、電子チケット発券とマーケティング支援サービスを提供するplayground株式会社の河野さんに、チケッティング起点のマーケティングについて伺いました。
日本のエンタメ・スポーツ業界に変革を起こす、playgraoundの事業
――まずは、改めて御社の業務内容からお伺いできますでしょうか
弊社では「リアルイベントのデジタル化」をミッションに活動しています。設立から一貫していて「来場体験を向上させる」ことのお手伝いをしています。
日本のエンターテイメント業界の“デジタル化”は、照明や音響といった設備面が先進的な一方で、チケッティングや告知の仕方、チケット在庫の考え方といったインフラ面ではまだまだ遅れているところがあります。そこで弊社ではICTの力を使ってエンタメ・スポーツ業界の収益向上をお手伝いしています。
弊社の創業は2017年6月です。電子チケット発券サービス「Quick Ticket by MOALA」は約2年間で15,000件以上のイベントで採用いただくまでに成長しました。
一方で、収益向上につなげることを前提に「システム提供に留まらず、人的支援を含めた包括的な支援をしてほしい」とご要望いただくことが増えてまいりました。そこで、2019年4月よりコンサルティング・システムインテグレーション事業を開始しました。
――日本ではチケットのマーケティング領域において、技術的な進歩がないということでしょうか?
実は僕も、この業界に入るまでチケットを買う機会があまりなかったんです。そこで試しに、音楽やスポーツ、地下アイドルのライブなどに行ってみることにしました。すると、どうやってチケットを購入すればよいのかわからないことが多かった。すごく時間がかかるんですよ。
僕は前職でインターネットコマースのコンサルティングをしていて、これまでに何百という通販サイトを見てきました。その僕がすぐに買えないということは、一般の人だともっと時間がかかるはずですよね。
また、アマゾンや楽天などの通販サイトで買った品物は「翌日に届く」のに、紙チケットは郵送手配で購入しても「翌日には届かない」。通常はコンビニの機械で手続きする必要があるんですよね。でもそれって、ユーザーフレンドリーではないと思うんです。
コアファンだけでなく、ライトファンを増やすことが収益化には大切
僕もこの業界にきてはじめて知ったのですが、エンタメ業界・スポーツ業界にある「サブスク型」のファンクラブは、実は日本で生まれたんです。相撲でいう谷町(たにまち)や後援会などからわかるように、「サブスク型」の応援システムもまた、日本の国民性に脈々と受け継がれてきたものなのでしょう。
日本のエンターテイメントは、コアファンに支えられてきた文化なんです。それを裏付けるように、エンタメ会社は「ファンクラブの情報」や「チケット購入者の情報」として、コアファン向けのコンテンツとか、コアファンに関するデータを持っています。
一方で、日本のコンサート領域の伸び率は2015年くらいから頭打ちになってるんですね。それは会場がないとかいろんな理由があるのですが、リアルイベントが注目を浴びて需要も伸びているだけに、すごくもったいない状況なんです。
あるスポーツ団体が集計をしたところ、コアファンだけで来場者数などの目標を達成するためには、コアファンに年間18回来てもらわなければいけないということがわかりました。というのも、コアファンって母数が少ないから。一方で、ライトファンにも来てもらえる前提だと、年間0.6〜0.8回程度で目標を達成できるそうです。
つまり、ライトファンの方々がどんな人かということをマーケティングして、ライトファンにリーチするプロモーション施策をしていくことが重要なんです。ライトファンに足を向けてもらわないと、日本のコンサート業界やスポーツ業界は残念ながら、これ以上大きく成長することはできないんです。
――Quick Ticket by MOALAを利用しすると、ライトファンへアプローチできるんでしょうか?
少し前までは、スマートフォンというデバイスを使ってマーケティングをやろうとすると「じゃあアプリを作りましょう」という流れで動いていました。ただし、アプリをダウンロードしてもらうまでのハードルは結構高くて。
コアファン向けだと、アプリのダウンロードをしてもらい、デジタルコンテンツや情報発信をガンガンしていくっていうのはすごく有益な施策です。でも、年に一回しか行かないサッカーの試合のために「アプリをダウンロードして」といわれたらどうですか?ハードルが高いですよね。
「じゃあマーケティングはこれまで通り、紙ベースでいいや」となる。でも紙でやると、顧客データが取れないんですよね。
そこで、我々が提供している電子チケットの場合を考えてみましょう。まず、買ったらすぐにメールやLINEにチケットが届きます。僕がチケットを2枚買ったとして、1枚を友達に渡したい場合も、メールやLINEなどで簡単にチケットを分配できます。同行者は簡単な操作だけでチケットの利用が可能。すると、主催者はチケット買った人間だけでなく、同行者のデータも取れて、アプローチもしていける。
あるプロ野球チームでは、チケットを買った人が「同行者にチケットを分配する率」が70%近くもあるんです。つまり、チケットは自分じゃ買わないけど、誘われたら行くレベルの人がいる。そういう人とのコミュニケーションルートを獲得して、その人に対してプラスのアプローチをできるようになったというのは、すごく革命的です。
これはスポーツでも音楽でも映画館でもそうなんですけど、通常は「チケットを買った人」の情報しか手に入らないんですよ。これって、すごくもったいないと思いませんか?
同行者の情報を正しく把握して、マーケティングに活用することが大切です。
よくある話なのですが、「来場者の年代はどのくらいですか?」と聞くと、最初に出てくるのはだいたい「お父さんぐらいの年齢です」とか「30代〜40代の男性が多いです」といった回答です。
でもそれって、デートできてるかもしれないし、家族と来てるかもしれないし、同僚と来てるかもしれない。同行者の情報が抜けてますよね。同行者のペルソナを理解できれば、マーケティングの仕方とかプロモーションの仕方、広告の打ち方は変わってくるはずです。
主催者は感覚的に「うちの施設には家族連れが多い」「デートで来ている人が多い」という把握ができていても、同行者の統計やデータは取れていないことが多い。どうやって同行者のデータを取っていくかを、しっかりと考える必要があります。
というのも、コアファンだったら、苦労があっても許してくれるんですよね。例えばチケットを買うときに顔登録をしてくださいとか、面倒くさいことがあっても許してくれる。行列に並ぶのも許してくれる。それは、そのコンテンツが大好きだから、という前提があるからです。
そんなに好きじゃない人や誘われたから来たレベルの人の場合、イベントで並んだり、トイレが混んでいたり、不快なことがあったりすると、「もう自分で来るのはいいや」ってなってしまいます。
チケッティングを起点としたユーザーとのコミュニケーションでイベントを盛り上げる
――Quick Ticket by MOALAを利用したマーケティングについて教えてください
チケットを購入すると、メールやLINEにURLベースで送られてきます。これを開くと、Quick Ticket の券面です。数枚綴りになっているときは、メールやLINEなど既存のコミュニケーションアプリで簡単に友達に送れます。
イベント当日は、チケットを持ってる人が何時何分に入場したというデータをリアルタイムで取れます。
さらにサブチケットの機能もあるので、副券として来場ポイントを付けたり、イベント内で使う握手券や飲食のクーポン券を付与したりすることもできます。入場後何分後に握手券やクーポンを使った、というデータが取れるわけです。
ビールクーポンを配る、購入したグッズ引換券を表示する、といった活用も考えられます。POSレジでお金のやりとりをしてしまうと、来場者が現地で何を買ったかってデータは取れないんですよね。無理にPOSレジを活用しようとすると、高コストになってしまう。チケットというインターフェイスを使うことで、このチケットを持っている人はこういうグッズを買いました、というデータを簡単に取れるんです。
例えば僕だったら、「東京在住の33歳男性が、あるプロ野球チームの8月20日の試合のチケットを購入し、19:00くらいに来場したからおそらく仕事終わりで、3,000円くらいのグッズを購入して観戦し、来場ポイントをつけて帰りました」というデータが取れるわけです。さらに、「同行者は東京在住の30歳男性で、グッズを5000円を買いました」みたいなデータも、どんどん紐づいて取得できるわけです。
利用者にアンケートを送って回答してもらうことで、さらに深い情報を取ることもできます。今後やっていきたいこととしては、アンケートを回答してもらうと何かもらえるような仕組みを作るということ。お客さんは楽しいし、運営側はデータを取れて収益性の向上もできる。
イベント主催者は、初期投資をあまりかけずに、我々のQuick Ticketをご利用いただけます。その結果、パートナーも増えて、2年ほどしか事業をやっていないなかでも、15,000件を超えるイベントで導入いただきました。
――顧客接点を増やす方法がまさにチケットということですね
はい。来場者の方との一番の接点は、チケットだと思っています。紙チケットだと買った瞬間だけしか接点がありません。一方で電子チケットは、スマホでずっと持っていただくものなので、情報発信やコンテンツ発信ができます。
チケットの流通って、半分以上はCtoCなんですね。購入した本人から同行者の友達へ分配することが多い。電子チケットでは、このCtoCの流通データを取れる、同行者ともつながってデータを取れる、というのが最大のウリです。電子チケットはチケット購入時からイベントの退場まで持っているものなので、その間お客さんとつながることができます。
次のステップへのつなげ方としては、今の時代ならSNSでつながるのが相性がいいかなと思っています。チケットを受け取るときにSNSのアカウント連携をしてもらい、その情報を次につなげるんです。
例えば西武ライオンズさんの場合、LINEでアカウント登録をしてもらっています。そうすると、イベントが終わった後も「ライオンズ」のLINE友達でいてくれるので、LINEを通して新しいコンテンツを届けることが可能に。来場者限定のコンテンツ提供があれば、より体験価値が上がっていくと思います。LINEにこだわらず、InstagramでもTwitterでも、海外であればWhatsAppとか、そういうまだないSNSにも対応していきたいな、と思っています。
まずは、来場者を捕まえる。それから、「楽しかったよ」 と拡散をしてもらうための仕掛けを券面とインターフェイスを通じて発信していく。ある人がシェアをしてくれたら、SNSの友達がそれを見て、「あの人がこの前行ってたイベント楽しそうだったな、私も行ってみようと」とリーチにつながっていく。
自分たちの公式アカウントから発信していくのも一つの方法ですが、来場者の体験そのものをメディア化していくという施策のほうが時代に沿っていますよね。さらに「どうシェアされたのか」「どういう人が食いついてくれたのか」というデータを取って、PDCAを回していくべきかなと思っています。
――チケット販売後、リピート率を増やすためのマーケティング施策はありますか?SNS施策などあれば教えてください
この資料をご覧ください。
Quick Ticketでチケット購入→発券・分配→入場→体験→フォローというフローのうち、「入場」では、入場時の電子スタンプで「利用済み」という表示が出てくる代わりに、選手の写真と手書きメッセージが出てくるというものがあります。アイドル系のイベントの場合も、「応援をよろしく」というメッセージが出てきたりとか。こういうのがあると、SNSで受けますね。
さらに体験フローにおける「情報発信」も注目すべきところ。SNSで「抽選会が始まります」と伝えたり、グッズや飲食のキャッシュレス化を手伝ったりすることで、体験向上もしています。最近はデジタルコンテンツのプレゼントも、施策としては増えてきています。
西武ライオンズさんでいうと、来場者さん向けに「ビクトリーフォト」というものをプレゼントする施策をしました。その試合で撮った写真を「2時間程度でカードっぽく加工して送る」というものですが、来場してその試合の写真が届くんですね。そうすると、この資料にあるように「今日のビクトリーフォト泣ける!」みたいにTwitterとかで拡散されているんですよ。
発券された人に直接営業をかけるというよりも、盛り上げる形で拡散してもらえるような仕組みを作っています。
レガシーなエンタメ・スポーツ業界を変えていきたい
――過去に起こった困難や課題はありましたか?もし苦労したことなどあれば
一番苦労したのは「業界のことがわからなかった」ことですね。実は社内には、エンターテイメント業界出身の人間がほぼいないんです。「なぜチケットのデジタル化は業界で推進されていないのか」「日本で僕らと同じことをやろうとした企業はなかったのか」など、そういった知見はゼロでスタートしました。
僕らはセンスよりも理詰めで戦略を考えていくので、そのなかで「情報がない」っていうのはしんどくて。いいサービスを作れているのか客観的に見れず、最初は自信が持てませんでした。
それをクリアできたのは、「業界の大先輩たちに聞く」をとことん実践したから。色々な人に会って、業界について教えていただきました。僕1人でも150人を越える人に会っているので、代表と合わせたら300人くらいの方にはお会いしたかと思います。そこで、業界の大変なところや、踏み入ってはいけないことも学びました。
この業界って、すごく緻密なパワーバランスがあって、僕たちがそこに対して大ナタを振るうつもりはないです。ただ、提案すべきことは提案していくと。そのときには、僕らが業界のことをどれだけ理解しているか、エンターテイメント業界にいるファンの方々が何に対してお金を使っていて、何に困っているのか。エンターテイメント側はこれからどんな仕掛けをしていこうとしているのかを理解している必要があるんです。
僕がマーケティングをしているなかで、ある担当者から教えていただいた金言があります。それは「IT屋さんの提案はカッコいいけど、割りに合わないことが多い」という言葉です。現場が一番大事ですからと。今でこそ、現場運用の重要性もわかるようになりましたが、最初はわからないことがあって苦労しましたね。
――レガシーな業界をデジタルに変えていくために取り組んでいる会社は多いですよね
多いですね。でも、残念ながら嫌われてしまったり、利用が増える前に立ち行かなくなってしまったりということも結構ありますよね。
業界の人たちは、夢を持って仕事をしている「熱い人」が多いんですよね。「現場を知らない、デスクワークばかりしているIT屋がなんぼのもんじゃい」と(笑)。
でも、だんだんそれが理解できるようになってきまして。現場を運用している方々やファンの方々の声をちゃんと反映したシステムじゃないと受け入れていただけない、業界を変えることはできないなと思っています。そこは、大事にしているところですね。
プロフィール
河野 貴裕(こうの たかひろ)
playground株式会社 執行役員事業推進担当
早稲田大学卒業。大企業向けのERPパッケージシステムベンダーにて新規事業のマーケティング、セールス、コンサルティングに従事。
2015年からはトランスコスモス(株)におけるオムニチャネル推進室のセールス&マーケティングアドバイザーに就任すると共に、オムニチャネルコンサルティングファーム、(株)Leonis & Co.の営業責任者として大手小売り企業のデジタル施策支援に従事。同社の新規事業として2016年12月に世界初のブラウザ型の電子チケット発券システム「Quick Ticket」を企画・立上げ。
2017年6月にエンタメ業界に特化したデジタルファームであるplayground(株)の設立に参画、執行役員に就任。各社とのアライアンスや、リアルイベントのデジタル化支援提案の推進責任者。
取材協力
playground株式会社:https://playground.live/